コラム 死後処置(エンゼルケア)の手技

ペースメーカー摘出創からの出血

地方から東京まで、ご遺族がご遺体を自家用車にてお連れしてくださったことがありました。
到着時には、経帷子をお召しになっていて、帷子の左袖に血液が滲んでいました。
ご遺族と私たちでお体を抱えてご納棺させていただきましたが、ご遺体の背中に「何か濡れているような冷たい」という感じを受けました。
ご納棺後、ご遺体の様子を確認させていただくと、左鎖骨下に絆創膏が貼付してありました。
背部の冷たさは、左鎖骨下に貼付されていた創からの滲出液が、背中にまで流れ出ていたためでした。
冷却処置を急いで行い、滲出部位を確認するために絆創膏を外しました。
なんと、約7㎝程度の切開創が口をあけているではありませんか。思わず目を疑いました。
傷の位置や切開創から、ペースメーカーの除去だろうと考えましたが、まさか縫合もされておらず、 出血と滲出が続いているなど、想像にもないことでした。

この状況を標準予防策で考えると、「すべての湿性の血液・体液・排泄物は感染リスク」であり、 ご納棺させていただいたときに、私たちと一緒に抱えてくださったご遺族にも、接触感染のリスクを与えてしまったことになります。

生きている人は傷を受けても細胞が再生し、やがて傷を治します。
しかし、ご遺体では生体の修復再生の機能が失われているため、傷は治りません。
そのため一度滲出が起こると、長時間に及んで出続けます。これは、小さな注射針痕であっても例外ではありません。
絆創膏やガーゼ、バンドエイド程度では、注射針痕のような小さな傷であっても、着衣を汚染する可能性があります。

早急に創の処置をし、滲出を止め、消毒し、その他一連の手当てを行いましたが、今回のケースは忘れられないものになりました。
最終の死後処置を行った後、ご遺族にご拝顔いただきました。
ご遺族が、「車の中がものすごく濡れているんだけど、亡くなると体から水が染み出るの?」とご質問がありました。
状況を見てやはり疑問をもたれた様子でした。
ペースメーカーから体液・血液が浸出していたこと、お亡くなりになると傷は修復しないなどの説明をいたしました。

私が以前、病院勤務をしている時には、死後の滲出や出血について、考えたことはありませんでした。
しかし、現在の仕事に従事してから、病院からお帰りになった後、死後の滲出や出血が起こることを知りました。
医療器具抜去痕からの体液・血液の流出は、ご遺族の悲しみや不安を増幅させてしまう要因になりうることを十分理解し、 死後処置は、エビデンスに基づき、適切に漏れ出ない処置を行うことが重要であると再認識させられました。


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