死化粧(エンゼルメイク)について

ご遺体の携わり方について

葬祭業従事者や化粧に従事する人は、ご遺体を取り扱いますので、ご遺体の基本的な携わり方について心得ておきたいものです。

【ご遺体に対する礼意】

ご遺体に携わる人は、手を合わせる、黙礼をするなどの行為とともに、ご遺体に対し故意に腐敗状況を招く行為や、損傷等によって身体を傷つけてはなりません。また、プライバシーを守り、人格を尊重した態度で接するように心がけます。警察官や医療従事者には、ご遺体に携わる際の規則や法律があります。葬祭業従事者等にはありませんが、警察官や医療従事者に準じ、真摯に携わることが必要です。

参考
死体取扱規則(昭和三十三年十一月二十七日 国家公安委員会規則第四号)(死体に対する礼儀)第5条 死体の取り扱いに当たっては、死者に対する礼が失われることがないように注意しなければならない。
臓器の移植に関する法律(法律第104号 平成9年7月16日公布)(礼意の保持)第8条、第6条の規定により死体から臓器を摘出するに当たっては、礼意を失わないよう特に注意しなければならない。

参考
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(法律第114号 平成10年10月2日公布)
第68条 感染症の患者であるとの人の秘密を業務上知り得た者が、正当な理由がなくその秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。

【死と人称】

養老孟司氏は、解剖学者の視点から『生と死の様式』の中で、ご遺体の取扱いについて述べておられます。― 遺体は、遺族の感情の中では「まだ生きている」ので、基本的には生きている人と同じ取扱いをする。止むを得ず三人称の扱いをする場所には遺族を立ち入らせてはならならず、そういう場所をなるべく公開しない方がよい。ご遺族にとってご遺体は、「まだ生きて」いる死体で、祖父母や両親、親しい人の死体を二人称の死と表現されています。
三人称の扱いとは、自分と関係のない「もの」の扱いを指し、例えば医療現場などの研究者と研究対象の関係における取扱いをいいます。葬祭業従事者、化粧に従事する人にとってご遺体は三人称の死ですが、ご遺族にとっては二人称の死であることを理解して携わらなければなりません。死後の処置やドライアイス処置を行うときは、なるべくご遺族の目に触れないように行います。ご遺族を前にして、搬送、自宅安置、納棺等を行うときは、ご遺族の感情にそって「まだ生きて」いるとして携わります。
「これから故人様を(式場へ、ご自宅へ)お運びします。」葬祭業従事者が、ご遺体を搬送する際によく使う言葉です。「お運びする」の「運ぶ」は、物に対して使う言葉です。ご遺体を搬送する際は、納棺されている場合も、されていない場合も、「お連れする」と言う方が、ご遺族の感情にそった言葉使いでしょう。ご遺体をまたいで物のやり取りをする、ご遺体の頭の上を通る、布団に寝ているご遺体を立って見下ろすなどは、ご遺族からすると物を感じさせる態度に映ります。

参考文献
「生と死の様式」
多田富雄 河合隼雄 編 誠信書房 1991年 第1刷 P.38三つの死体 養老孟司 著

【死生麻痺】

「自分は、ご遺体を見ても何も感じない。冷たい人間なのだろうか。」と、葬祭業従事者の方から相談されたことがありました。無感動な状態は、多くのご遺体に遭遇することで、精神が病気にならないために起こる自衛反応なのです。
文献によると、死生麻痺とは、平時ならば耐えられないような無残な「他者の死」に対して無感動でいられる状態をいいます。戦場の兵士や、多数の患者の死を日常的に経験する医療従事者に起こるといわれています。葬祭業従事者や化粧に携わる従事者は、医療従事者以上にご遺体に携わるので、経験を重ねれば重ねるほど、ご遺体に対して無感動になると考えてよいでしょう。
葬祭業従事者等は、死生麻痺によって、ご遺族の感情にそった携わり方をすることが大変難しいのです。ご遺族は、理性では死んでいることが分かっていても、感情は「まだ生きて」いると感じておられます。ご遺体に対する感じ方は、ご遺族と葬祭業従事者等との間には、天と地ほどの隔たりができています。葬祭業従事者等は、自分に起こっている職業的な死生麻痺を自覚し、理性をもってご遺族の感情にそった携わり方をする訓練が必要です。

参考文献
「死生学」
山本俊一著 医学書院1996年12月15日 第1刷 P.73理論モデル

要約
山本俊一氏は、「死生学」の中で独自の死生学モデル理論を唱え、死生反応(精神の免疫反応)を述べておられます。「他者の死」に対して無感動になる状態を、身体の抗原抗体反応と対比させ説明されています。病原体や花粉、移植細胞などの異物(抗原)が私たちの体に侵入すると、免疫レセプター(抗体)が昂進されます。これを免疫反応と言います。免疫反応には、生体が自らを防衛し、体に侵入した異種組織を排除する目的があります。精神を脅かす異念「他者の死」が抗原です。「他者の死」が大量に入ってくると死生レセプター(抗体)が大量に昂進され、「他者の死」は水の流れのように自動的に無意識の領域へと排除されていくといわれています。


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