ご遺族がご遺体と接触される機会は主に、移動の時・自宅で安置している間・納棺をする時・最後のお別れの時です。稀に、ご家族が鼻に脱脂綿を詰めたり、着替えをしたり、タオルや手拭いで顎を縛っておられることがあります。
【移動の状況】
ここでいうご遺体の移動とは、寝台自動車による搬送と区別し、人の手でご遺体を移すことをいいます。
以下に、ご遺体が病院を出られてから、布団に安置されるまでの一般的な様子を解説します。
医療行為が行われたご遺体は、注射針・カテーテル・ドレーン等の医療器具抜去痕や、気道切開痕、褥創(じょくそう:床ずれ)などの滲出創があります。医療器具抜去痕・滲出創等からは血液・体液が流出、滲出するため、感染リスクが高いと考えます。葬祭業従事者・搬送業者は、経験上ご遺体から血液・体液が漏れ出てくることを知っていますが、感染に関する医学的知識はありません。ご遺族は、ご遺体から血液・体液が出てくることなど、体験者以外知る由もありません。
※カテーテル
体腔(たいくう)や尿道・膀胱(ぼうこう)などに挿入し、体液や尿を排出させたり薬液を注入する細い管状の医療器具。
※ドレーン
創傷部にたまった液・尿などの排出に用いる排出管。
【病院を出る時】
寝台自動車(以下は寝台車と表記します)が、病院へご遺体をお迎えに行きます。寝台車には、救急車と同じようにストレッチャーが設備されています。ベッドと平行にストレッチャーを並べます。ご遺体を平行移動してストレッチャーに乗せ搬送します。葬祭業従事者、搬送業者は、患者さんの医療情報を知ることなく搬送に携わります。
※医療情報
疾患、病態(出血傾向、全身性浮腫等)、滲出創、感染症の有無、医療行為等
【家の間取りと移動】
自宅へ到着すると葬祭業従事者はご家族に、ご遺体を安置する部屋へ布団の用意を促します。同時に、玄関からご遺体を安置する部屋までの動線を確認します。ご遺体をできるだけスムーズに安置できるように、移動の仕方の検討をつけてから室内へお連れします。
布団への移動は、平行移動とは限りません。玄関を入りクランクの廊下を通る、クランクの階段を上がる、集合住宅に入りエレベーターに乗るなど、ご遺体を傾けて移動しなければならないことがあります。
移動の仕方は、玄関から布団までの動線によって異なります。病院から帰宅される場合は、ストレッチャー担架を使用する、又は抱きかかえて布団まで移動します。布製担架、プラスチック製担架は、布団に安置されたご遺体を、他の部屋、他の場所へ移動する際に使用します。
■ご遺体の移動の方法
・ストレッチャー担架(スプーン型ステンレス製担架を含む)で移動する。
・布製担架、プラスチック製担架で移動する。
・抱いて移動する。
【玄関から布団への移動】
ご遺体を寝台車から布団へ移動する際に、ご遺族の手を借りることがあります。ご遺族と一緒に数人がかりで抱きかかえて移動することがあります。この時、ご遺体とご遺族の接触が起こります。ご遺族が移動に携わる状況は、稀なことではありません。
移動の際のご遺体との接触は、シーツやバスタオル、着衣を介して接触する場合と、頭部・頸部を抱きかかえる等の直接の接触があります。シーツ・着衣等の上から接触する場合は、安全であるかのように錯覚してしまいますが、業務終了後結果的に、血液・体液等との接触がなかった場合に限って安全だった(感染リスクが低かった)といえるのです。
シーツや着衣等が血液や体液で濡れている場合ですが、血液・体液等がしみたシーツや着衣等は、感染の可能性があるとして取り扱うというのが感染予防対策(標準予防策:ユニバーサルプレコーション)の考え方です。
病院を出る時、血液・体液等の流出や付着が見えなければ、ほとんどの場合、移動は無防備(感染予防対策が実施されていない)に行われています。長年ご遺体の移動に携わる葬祭業従事者、搬送業者の中には、血液・体液等との不測の接触を経験した人が少なくありません。
【家の様子と変化】
ご遺体を安置する部屋は、十分な広さがあっても、部屋へ入るまでの廊下や扉の位置によっては、抱きかかえてお連れすることがあります。都会の一般的な家屋の廊下は、人が片側からご遺体を抱きかかえて通るのが精一杯です。廊下や階段を抱いて移動するのに苦労することが度々あります。最近では、階段に電動式の(介護)椅子が設置されているのを見かけるようになりました。階段の幅は狭くなり、さらに移動が困難なことも起こっています。