ご遺体は他府県の病院からの搬送され、午後6時30分頃、斎場の霊安室に到着されました。
到着後、直ぐにご納棺(棺にご遺体を納めること)され、遺体保存用冷蔵庫(以下冷蔵庫と記す)に保管されました。
冷蔵庫の設定温度は4℃です。翌朝9時に死後処置及びエンゼルメイク業務を行いました。
ご納棺後14時間が経過し、冷蔵庫とドライアイスとの併用冷却で、ご遺体は十分冷えていました。
お棺の蓋を開けると、身に着けておられた白い経帷子が、襟元から首にかけて血液と体液で朱色に染まっていました。
気道切開痕と頬の下方には、ドレッシング材付きの防水フィルムが貼付されていましたが、ドレッシング材からは、吸収しきれなくなった血液が流れ出て着衣を汚していました。ご遺体には、全身性浮腫(強度のむくみ)がありました。頭部は後屈していました。幸いにも、鼻口からの出血はありませんでしたが、鼻腔内に挿入された青梅綿に血液が付着しました。
まず初めに出血箇所を特定します。感染予防対策上、ディスポーザブルグローブを装着して行います。
ピンセットを使って血液で汚染された防水フィルムを外し、次亜塩素酸ナトリウム0.5%液を流しながら血液を拭き取りました。
血液を拭き取ると、傷の開口部が明らかになります。出血箇所は、気道切開痕と頬下方の小さな表皮剥離痕からでした。
表皮剥離痕周囲から首にかけて皮下出血がありました。
開口部から血液が流れ出る様子を観察すると、今後も連続することが予測されます。気管切開痕は、脱脂綿を用いて体内に貯留した血液を数回取り除き、高分子吸収剤を詰め圧迫固定を行いました。
頬の表皮剥離痕にも圧迫固定を行いました。鼻腔・口腔には、今後の出血を予測して高分子吸収剤と脱脂綿を用いた処置を行いました。
※適切な圧迫固定は、体内ガスを逃がしながら止血することができます。
死後処置の後、パッキンを用いて、肩・背中・首の後ろ・後頭部を高くし、頭部の後屈を直しました。死亡から20時間以上が経過し、頭部の後屈によって、顔の半分(頬の一部、額、頭部)には、死斑が形成されていました。死斑形成部の血液の透過による変色は、カバーメイクをしました。
病院での死後処置ですが、結果的には、搬送後漏れ出てきましたが、ご遺族にとってはありがたい処置です。
それらの処置が行われておらず、血液・体液が搬送中から出ていることもあります。
ご遺族からは、「病院では(死後処置を)してくれなかったのだろうか」と、不安や不信の言葉が出ます。
死後処置は、適切に行うことでご遺族の安心と安全が守られます。
また、葬祭業におかれましては、単に隠すだけではなく、いざという時には適切に対処できることが望まれます。
医療と葬祭業の双方から、ご遺族とご遺体のプライバシー保護のため、適切な死後処置が実践される日を願ってやみません。
【防水フィルムから血液・体液が漏れ出る理由】
死後、ご遺体からは、体内ガスの放出が起こります。
体内ガスの放出によって、薄くて伸展性の防水フィルムは膨らみます。
体内ガスが出続けるため、ますます防水フィルムは膨らみます。
その後、体内ガスによって防水フィルムにわずかな隙間ができ、血液が流れ出たと考えられます。