死化粧(エンゼルメイク)について

死化粧の役割

誰のために行うのでしょうか?
遺族の死の受容(死を受け入れること)に影響を及ぼす要因を次のように考えます。
故人との関係性、死や葬式に対する免疫性、人生観・宗教観などの遺族自身の要因、死亡に至るまでの経緯、死亡の情況が影響すると考えています。したがって、死を受容するまでの心の葛藤は、実に個別で一つの家族でも一人ひとり異なります。悲しみからの回復には、上述に加え、悲しみを分かち合える家族の存在が影響すると考えられます。
私は、死化粧をするとき、ご葬儀を終えられた後、悲しみの回復に時間を要する、悲しみが最も深いと思われる人に向けて行うよう心がけています。ご家族の中のたった一人に向けて行うと言っても過言ではありません。

メイクにお伺いしたときのことです。
化粧が終わり、奥様がご主人の穏やかな様子をご覧になりました。細い手がそっとご主人の頬に触れました。
その後、奥様は遠慮がちに静かな声で話されました。 「主人とは60年連れ添いました。・・・主人にずっと庇護された人生でした。」
奥様は二人の人生を振り返っておられるのだろうと、私は思いました。
しばらくして、「…人生でした。」という言葉にはっとしました。ご夫婦で過ごされた時間が、この奥様の人生そのものなのだと気づきました。
二人で一つの人生を生き、その60年に終止符が打たれたという心情に気づき、心を打たれました。誰のためにメイクをしているのかと問われたら、ご遺族のためにと答えます。ご遺族の眼と心にかなうお顔をつくることが私の仕事なのです。

どんな役割を担うのでしょうか?ご遺族の悲しみは、誰にも取り除くことはできません。
けれど、メイクがご家族の中で悲しみが最も深い人の眼にかなったとき、その人に穏やかさが戻ります。その様子をご覧になられた残りのご家族は、安堵されたその姿に癒されます。ご家族全員が安心された姿は、その場に居合わせた人たちを慰めます。
この良い感情の広がりは、まるで小石を水に投げ入れたとき、水面に次々と広がる波紋のようです。
私は、この現象を「癒しの輪の連鎖」と呼んでいます。
死化粧には、送る人とご遺体との距離を近づけるという、もう一つの役割があります。その人らしい穏やかなお顔は、人を引きよせます。
反対に穏やかさを損なう様子は、人を遠ざけます。ご葬儀までには、ご家族が死を受け止め、別れへの心の準備をする時間が必要です。顔を見つめる、語りかける、額や頬に手を添える、髪をなでる、体をさするといったご遺体に対するご遺族の行為は、ご遺族自身を慰めます。
ご遺体のメイクには、そのような行為が自然にご遺族に働きやすくする役割があります。


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